2017年8月31日掲載

2022年8月20日改訂・再掲載

2023年8月31日改訂

 

和名:フモトミズナラ(麓水楢)

別名:モンゴリナラ(旧称・仮称)、ミズナラ類似植物(仮称)

学名:Quercus mongolica var. mongolicoides

分布:本州(栃木・群馬県、長野・岐阜・愛知・三重県)。日本固有種。

樹高:10~15m 直径:40㎝ 落葉高木 陽樹

 

東海地方と北関東に隔離分布し、丘陵や低山の二次林に自生する。砂礫層地帯の痩せ地や花崗岩地帯の尾根部に多く、コナラやアカマツと混生する。場所によっては優占種になる。ミズナラに似ているが、ミズナラが山地帯(冷温帯)に生育するのに対し、本種は丘陵帯(暖温帯)に生育する。

 

葉は葉身12~22㎝、葉柄0.2~1.2cm。ミズナラに似ているが、鋸歯がやや鈍く、葉身は幅広であることが多い。しかし、鋸歯が鋭い個体や二重鋸歯の個体も存在する。側脈はミズナラよりも少なく、間隔が広い。裏は無毛。北関東では葉身長30㎝前後の個体や、鋸歯の切れ込みが深い個体も見られる。

 

花は4~5月。若葉では鋸歯の切れ込みの深さが際立つ。

 

どんぐりは8~9月に熟す。コナラやアベマキよりも成熟時期は早い。

堅果は長さ2~3㎝で、先が凹むことが多い。殻斗が大形で、鱗状の部分が突起状になるのが特徴。殻斗は深いタイプと浅いタイプがあり、堅果の大部分を覆うこともある。浅いタイプの殻斗は、縁を内側に巻き込むこともある。写真のどんぐりは、愛知県長久手市にて採集。

群馬県桐生市吾妻山で採集したどんぐり。北関東のフモトミズナラは、東海の個体群よりも堅果や葉が大形である。隔離分布故に遺伝子が異なるのかもしれない。

 

樹皮は灰褐色で縦に割れ目が入り、コナラに似ることが多い。写真は群馬県桐生市吾妻山にて撮影。

群馬県富岡市神成山のフモトミズナラは、樹皮がミズナラに似ていた。

樹形。東海の痩せ地では大きなものでも樹高10m程度である。

フモトミズナラが自生する愛知県長久手市愛・地球博記念公園(モリコロパーク)の植生。フモトミズナラ・コナラ・アカマツが優占し、クリ・ツブラジイ・リョウブ・コバノミツバツツジ・アカメガシワ・ソヨゴ・ヒサカキ・ネズなどが混生している。

フモトミズナラが生育する東海地方の丘陵の尾根は土地が瘦せており、極めて乾燥する。フモトミズナラの主根は、斜めに伸びていく特徴がある。これは、土壌の発達が貧弱で、砂礫層の礫や花崗岩の母岩が地表まで迫っている土地では、地中に根を張りにくいためと考えられる。フモトミズナラは根を斜行させる性質を獲得したことで、厳しい環境下で生存することが可能になったと考えられる。

群馬県桐生市吾妻山の植生。標高150~500mでフモトミズナラ・コナラ林が発達する。フモトミズナラは、土壌が発達した場所では樹高15mほどの個体も見られる。足尾山地は山々がつくられてから海に没したことがなく、アジア大陸と関連のある植物も残存している(※①)。大陸と陸続きだった頃に日本にも分布していたモンゴリナラがこの地に残存したという見解も納得できる。

また、栃木県足利市の石尊山・深高山ではシラカシ・アラカシ・スダジイの稚樹が見られず、本種が土地的極相となっている。



群馬県富岡市神成山の植生。フモトミズナラ・コナラが優占種で、アカマツ・リョウブ・ツツジ類などの陽樹が混生する。岩盤が剥き出しになっており、土壌は浅い。特に崖ではフモトミズナラが集中して見られた。足尾山地の個体群とは利根川を挟んでやや隔離分布になっている。北関東のフモトミズナラは、東海のフモトミズナラよりもミズナラの遺伝子がより混じっている。

 

【都道府県別分布状況・保全状況】

・栃木県:那須~足利辺りにかけて分布。足利市の石尊山・深高山のフモトミズナラ群落、栃木市の真名子のフモトミズナラ群落が、栃木県版レッドリスト(第3次/2018年版)に掲載されている。栃木県では標高500~600mがフモトミズナラとミズナラの分布の境界となっている。

・群馬県:桐生市周辺、富岡市神成山~南牧などに分布。

・長野県:南部の伊那谷(飯田市近郊)に分布。準絶滅危惧(NT)・2014年。

・岐阜県:東濃地方に分布。笠置山では標高700mまで分布し、分布限界付近ではミズナラと接して雑種を形成している。準絶滅危惧(NT)・2014年。

・愛知県:尾張・西三河地方に分布。瀬戸市を中心に、豊田市西部・日進市~春日井市辺りにかけてが分布の中心域となっている。準絶滅危惧(NT)・2015年。

・三重県:桑名市五反田で少数が確認されている。絶滅危惧ⅠA類(CR)・2015年。

 

【フモトミズナラの分類学的位置づけ】

 フモトミズナラはかつて、モンゴル・中国東北部・ウスリー・アムールに分布するモンゴリナラ(学名:Quercus mongolica)と同一種とされ、日本の中部地方に隔離分布すると見なされていた。金沢大学の植田邦彦氏は、大陸のモンゴリナラについて広く観察し、東海地方に分布するモンゴリナラと呼ばれているものは、大陸のモンゴリナラとは異なるという見解を取っていた。その後、仮称として「モンゴリナラ」や「ミズナラ類似植物」などと呼ばれていたが、2006年12月に東京大学の大場秀章氏によってフモトミズナラ(学名:Quercus serrata subsp. mongolicoides)と命名された。大場氏は、葉緑体DNAはミズナラよりもコナラに近いことから、フモトミズナラをコナラの亜種と位置づけた。しかし、これには異論を唱える研究者も多く、フモトミズナラの分類学的位置付けは長く議論されていた。

 愛知教育大学の芹沢俊介氏は、形態的にはミズナラに類似することからフモトミズナラをミズナラの変種(学名:Quercus crispula var. mongolicoides)と位置づけた。

 名古屋大学の広木詔三氏は、フモトミズナラの祖先種はモンゴリナラと推測し、根が斜行するという特徴を重視してフモトミズナラを独立種(学名:Quercus mongolicoides)と位置づけている。

 また、モンゴリナラとミズナラの雑種起源とする説もある。

 2022年、遺伝的・形態的見地により、Quercus mongolica var. mongolicoides(モンゴリナラの変種)という学名が提案された。

 モンゴリナラはかつて、北海道や東北地方にも分布するといわれたが、これらは近年ミズナラとカシワの雑種(カシワモドキ)であることが判明した。また、北海道北部海岸に分布するモンゴリナラと呼ばれていた個体群は、カシワとの浸透交雑によってカシワの遺伝子を取り込んだミズナラ(海岸性ミズナラ)であることが近年明らかになった。そのため、フモトミズナラとは別系統として扱う。

モンゴリナラ(学名:Quercus mongolica)の葉。モンゴリナラの葉は幅広で全体に丸みを帯びるが、フモトミズナラの葉はやや細長い。写真は京都府立植物園で撮影したが、この時はフモトミズナラとの違いはいまひとつわからなかった。

 

【東海丘陵要素植物】

 伊勢湾周辺域(静岡県西部・愛知県・岐阜県南部・三重県)では、照葉樹林帯(標高100~600 m)に特異な分布をもつ植物が集中して見られる。伊勢湾周辺の丘陵地・台地の湧水湿地や痩せた土地に生育する東海地方固有、あるいは日本での分布の中心がある植物を東海丘陵要素植物という。シデコブシ・ハナノキ・ヒトツバタゴ・マメナシ・フモトミズナラなどをはじめ、15種類が東海丘陵要素植物に分類されているが、その多くは絶滅危惧種に指定されている。

 東海丘陵地には土岐砂礫層が広がり、小規模で貧栄養な湿地が存在する。東海丘陵要素植物は、土壌が発達していない栄養分に乏しい砂礫層や崩れやすい地盤の土地など、他の植物が生育しにくい環境に生育する。このような環境に適応した種や、他の植物があまり侵入せず競合を免れて残存した種が現在も生き延びている。フモトミズナラは、氷河期に低地に下りてきたミズナラが温暖化の際に低地で生き残れるように適応したものとする説がある。


〈参考資料〉

①須藤志成幸 群馬の植物散歩―美しい花と森との出あい 上毛新聞社 1982年